会社経営を30年もやっていると色々な危機的状況に遭うものである。阪神・淡路大震災にみまわれ、中国子会社工場でのストあり、大品質クレームが起こり、黒シャツ・黒ネクタイ・サングラスの伊達男の来訪あり、取引先の買収あり倒産あり。時をおいて単発でやってきてくれればこちらも全力で向かえるのだが、危機という輩はえてして集団でやってくるから始末が悪い。体力も気力も消耗の最中に新たな危機到来となると、冷静に応対しようと思ってもあたふたもし萎えそうにもなったりする。
基本の論理は教科書にお任せしてここでは申し上げない。蒙昧放言を申し上げる。
リスク管理となればまずは平時になすべき“リスクコントロール”を行っておくという事になる。日々の仕事で直面するリスクを最小限にしておこうとなると、“リスクを固定化する”か“リスクが打ち消し合うヘッジ”をするかということになる。
一つ目の“固定化する”と言う点で思う事に、長年経営をやっていると固定化しすぎず流動的である事も必要かなと思う。まずは、固定金利。金利を固定化するとリスクが減った気になる。しかるに景気には浮き沈みがあり、浮けば金利が上がり沈めば金利が下がる。下手に固定金利としてしまうと、景気が悪い中では他社に比べて高コストで調達し続けているという状態になる。競争相手と同じコストで浮きもし、沈みもしてみようというのも一つの考えである。同じく為替予約。これも下手にすると競争力を縛る事になりかねない。確定受注額の収益を固定化する程度で丁度よいのではないかと思う。それ以上は出過ぎたギャンブルであるとうのが私見である。
一方、“借り入れはそれを必要とする事業所のOperating Currencyで調達する”という教えは守ったほうがよろしい。いくら魅力的でも他の通貨で借り入れを行うのはこれは新たなリスクを背負う事となる。
これらは老兵が痛い目にあってことさらに思う事である
もう一つの“ヘッジ”というのは個人的には好まない。ヘッジしたところでそのリスクを内包している事にはかわりはない訳で、想定の範囲を定めてヘッジするという浅知恵を、人間が考えている事自体はかない試みである。ヘッジすると言う事はヘッジする対象が独立して動くという前提である。情報石器時代ならいざ知らず、この情報化時代に独立したマーケットや商品というのがあるのだろうか。証券市場一つ取っても、5大陸のIndexが独立して連動しないという事はもはやあり得ない。どこかが風邪を引けば他の4大陸も全て肺炎のリスクを伴う現代なのである。
もうひとつ、“想定の範囲”というのがくせ者である。津波による福島の原子力施設事故しかり、タイの洪水しかり、人間の想定その物が所詮知れた事である。リーマンショックのきっかけとなったサブプライムも、ある確率の範囲でしか破綻が起こらないという前提の崩壊の結果である。
前提も想定も排してこそのリスク管理哉。
それでも危機は到来する。これらの危機に幾つもの手傷を負ってきた経験で言うと、心すべき事は4つであろうか。
1)最悪の事態で起こり得る損害にまずは腹を括る
2)しっかりとディスクローズする
3)トップ自身が正面切って対応し、逃げない
4)社内の大掃除を同時にする
危機に臨むに当たって最も必要な事はまず腹を括るという事である。状況を把握したら最悪を想定し、その事態をまずは受け入れる。底なし沼に少しずつ沈んでいくよりはまず底まで速く沈んで足を着けた方が、不思議な事に感ずる不安は小さい。まずは全部持って行けという気になる事で冷静を呼び、そこから算盤勘定をする。
疑心暗鬼というのは分からない事が多ければより生まれる。恐怖というのは何が起こっているか分からない不安がそれを増幅する。怒りというのは起こった事自体に対してより、自分は放っておかれているのではないかという被害者意識によって荒れ狂う。情報への要求というのは思っているより遙かに大きいもので、情報を供給するという事は事態を改善しないまでもそれ以上に大きくしないというコントロールの役割を充分に果たしてくれる。
“社長が出られなくてもよいでしょう。我々で対応しておきますから”という甘い言葉に誘われて、事態をより大きくしてしまった苦い経験が何度かある。人の子であるから、強面の人に会うのは怖い、何度も重ねられるであろう辛い話し合いに出来れば巻き込まれたくない、罵詈雑言のストレスから逃げたい、言いにくい事を伝えるのはなお辛い。そこで甘言に釣られて体よく逃げてしまう。これが事態を悪化させる事が多い。情報を直接得られるせっかくの機会を自ら棒に振り、正確にこちらの情報を伝えられるチャンスを損ない、そして直接的に交渉できると言うまたとない時を失う。自体をより複雑に、より深く沈めてしまうのである。自業自得である。
危機の中での改革は社内も社外も理解が得やすい。危機を前向きに捉えて大掃除期間としゃれ込むようにしている。
危機が社内から生まれたのであれば何か歯車が噛み合わないようになっている事があるはずである。これをこの機に乗じて清掃に心掛ける。
外からやってくる危機は整理整頓のまたとない機会である。痛みを伴うものであっても理解が得やすい。不景気到来となればこれはチャンスとたすきにはちまきという気分になる。より早く掛かれば競合先より早く復活の機会が得られる。より深く切り込めばより収益性の高い会社へとシェープアップできる。こう思わなければ気が萎えるだけである。
代表取締役社長 酒本藤雄